船町港跡と住吉燈台

芭蕉も舟で下った水門川


大垣と桑名を結ぶ輸送経路として、明治時代に入っても物資や人の流れが多くたいへん賑やかな港であったといわれ、昭和初期には年間約1万もの船が行き来していたといわれています。 岐阜県 大垣市船町 1月14日撮影

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種類が解らないが桜が咲いていました。

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成人式かな?

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この記事へのコメント

2008年01月18日 18:36
奥の細道むすびの地と看板が有りますが、岐阜が終着地だったとは知りませんでした。その看板の前で、成人式の準備をしている親子は微笑ましいですね。
こうちゃん
2008年01月19日 10:59
川べりの木は、さくらですかね?春に、また、風情が、ありそうですね。昭和のはじめに、川を、行き来してたということは、そんなに古いことでは、ないですね。想像すると、自分が、乗りたくなります。
羽島のすーさん
2008年01月19日 14:04
デコウォーカさん。こんにちは。この日は成人の日で天気が良くあちこちで晴れ着の姿が見かけられました。むすびの地にあやかって色々なイベントがあるみたいです。
羽島のすーさん
2008年01月19日 14:09
こうちゃん。こんにちは。川べり木はサクラでした。この水門川は非常に奇麗です。春の花見の時期は大変賑わうようです。是非一度行って見て下さい。

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